三川合流 編

三川合流 編(広報おおやまざき平成28年1月号掲載分)

天王山のぼるくん

いよいよお正月だね。

僕はね、毎年、家族でとっておきの場所で

初日の出を拝んでいるんだよ。

淀川先生

いい天気になるといいね。

のぼるくん

「どこ?」って聞いてよ、淀川さん。
天王山の中腹の旗立松展望台なんだよ。
僕、あそこからの眺めが大好きなんだ。
三川の流れが見えるし、春は背割堤の桜もきれいだし。
古来から変わらぬ雄大な、心の原風景だよ。

よどがわせんせい

木津川、宇治川、そして桂川が淀川となる三川合流部だね。

このような大きな三つの川の合流は全国的にもきわめて珍しくて、大山崎ならではの風景といえるね。

でもね、昔から三川が今の場所で合流していたわけではないんだ。

のぼるくん

え、どういうこと?

よどがわせんせい

かつて三つの川は淀で合流していたんだけど、たびたび氾濫して甚大な被害を及ぼすため、淀川の改修が喫緊の課題となっていたんだ。 明治元年の大洪水を機に、まず木津川が付け替えられ、明治29年には淀で合流していた桂川と宇治川が、大阪府域の水無瀬で合流することが決まった。

このとき桂川河川敷が広げられることになり、堤防が大山崎側に引堤されたため、大山崎(当時大山崎村)の耕地が失われてしまうので、村長さんが知事に交渉にあたった記録が残っているよ。 その後、3つの川と川の間に背割堤も設けられて、合流部が今のような形になったのは、昭和5年のことになるんだよ。

のぼるくん

たしか、小泉川も付け替えられたんだよね

よどがわせんせい

そ、そこは詳しいんだね、のぼる君。

遡って17世紀、木津川の土砂が堆積して三川合流部の川底が高くなって小泉川も逆流しやすい状態で、大山崎はひどい洪水に悩まされていたんだ。 そこで小泉川が下流に付け替えられたんだよ。

結局、明治4年にふたたび現在の合流部付近に戻されたんだけどね。

その間は小泉川は大山崎荘(現在の字大山崎)を流れていたんだよ。 三川合流部付近にあるがゆえに、大山崎は洪水との闘いを繰り返してきたんだ。

のぼるくん

新年にあたって先人の労苦へ思いを馳せないといけないね。

ところで、淀川さんはどこで初日の出を拝むの?

よどがわせんせい

もちろん、毎日歩いている淀川の河川敷だよ

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更新日:2017年03月23日